JTB旅カード ゴールド会員誌「Travel&Life」2023.2-3号の「極め旅 第16回」にて湯浅醤油㈲が特集されました。
(以下本文 文:木村小左郎、写真:高島史於)
杉の大樽で長期熟成させる天然醸造の「湯浅醤油㈲」醤油-和歌山県・湯浅町日本全国の至高の逸品を訪ねる極め旅。歴史を重ねて生み出される熟練の技や、変わることのないこだわりの数々。今回は、普段の食卓に欠かせない醤油をご紹介しよう。
訪ねたのは醤油発祥の地とされる湯浅町にある湯浅醤油㈲。直径約2m、深さ約1m80cmもの杉の大樽で長期熟成させた天然醸造のもろみを、じっくりと時間をかけて搾った醤油は濃厚にして繊細、旨みに満ちた味わいである。
日本に醤油が伝わったのは諸説あるが、鎌倉時代に湯浅近隣の紀州由良の禅寺・興国寺の開祖である法燈国師が、中国の径山寺から金山寺味噌(径山寺味噌)の製法を持ち帰ったのが始まりという。湯浅は水質が良かったこともあり、この地で盛んに醸造されるようになった。なめ味噌の一種である金山寺味噌には白瓜、茄子、シソ、生姜などが入っているが、この醸造過程で野菜の水分が樽の上に「たまり」として出てくる。これを調味料として改良したのが現在の醤油の起源といわれ、湯浅から全国に広がったのである。
湯浅醤油㈲の創業は、明治14年(1881)。新古スミさんが金山寺味噌の店を開いたのが始まりだ。後に醤油の製造も手がけるが、昭和40年(1965)頃に醤油の製造は中止する。「市場に、大量生産の安価な醤油が出回るようになったため中止したのですが、その後再び醤油の製造を開始しました」と語るのは、湯浅醤油㈲5代目の新古敏朗さん。価格競争に巻き込まれて、品質が落ちるのを危惧したのである。
再開後の2002年に現在の湯浅醤油㈲を立ち上げ、今ではアメリカ、カナダ、フランス、オランダ、台湾など世界13ヵ国に輸出している。「ヨーロッパのミシュラン・シェフたちにも愛される醤油を生み出すまでになり、フランスにおいては、一級シャトーの使用済みワイン樽を使った醤油の現地生産も実現しつつあります」と新古さん。2013年に「和食」がユネスコ無形文化遺産に登録されたことも追い風になった。海外の外食産業界だけでなく、ネットを通じて個人からの海外注文も多いという。「高い配送費を支払っても、本物の醤油を手に入れたいのでしょうね」(新古さん)
さて、醤油の基本的な原材料はうま味のもとになっている「大豆」、香りや甘味のもとになる「小麦」、そして雑菌から守りゆっくり時間をかけて醸造させるのに欠かせない「塩」だが、湯浅醤油㈲ではこれらの原材料にもこだわっている。大豆は国産で、北海道、滋賀、福井、石川などの丸大豆を使用。脱脂加工大豆や遺伝子組換え大豆は使用していない。そして国産丹波種黒豆。同社の人気商品で、2022年モンドセレクション最高金賞を17年連続で受賞した「湯浅醤油生一本黒豆」に使われている。国産大豆の数倍の原料価格だが、黒豆の持つ甘味と香りのある醤油に仕上がるという。小麦も希少な国産小麦で、愛媛、三重などのこだわりの小麦を使用している。肝心の塩は、長崎県五島灘のきめが細かく、ふわふわとしていて甘味も含んだミネラル塩だ。通常、醤油の仕込みは大豆を「蒸す」が、同社では「茹でる」。大釜で大豆を約4時間じっくり煮込み、茹で汁に五島灘の塩を混ぜ、醤油の仕込み水として使う。さらに炒り割り小麦を混ぜ、麹菌をかけて室で3日間寝かせ、杉樽に仕込む。この状態が「もろみ」。「もろみ」を長さ約1m30cmの竹と杉板の櫂棒でかき回すようにして櫂入れし、酸素を樽の中に置くって熟成させていく。櫂入れ作業はおよそ700日間。じっくりと熟成させた「もろみ」は濾布(ろふ)に包んで搾るのだが、積み上げた重みで自然に染み出すのを待つ。その後、プレス機で徐々に圧をかけること3日から4日、時間をかけて搾る。この生揚げの醤油を樽に入れ、1カ月ほどオリ(不純物)が自然に降りるのを待つ。次は、樽のオリを沈殿させて澄んだ生澄ましだけを取り出して火入れをし、2週間ほど澄ましタンクに入れて冷やし、瓶詰めをしてようやく完成だ。「湯浅醤油 生一本黒豆」以外にも、魯山人倶楽部からの依頼で誕生した限定品の「湯浅醤油 魯山人」、ゆず果汁と南高梅の梅酢が入り、さわやかな風味の「柚子梅つゆ」、カカオと醤油を組み合わせた「カカオ醤」(粒とペースト)など、多彩な商品群が揃っている。湯浅醤油㈲本社の仕込み蔵に入ると、何ともいえない醤油の良い匂いに包まれる。直径約2m、深さ約1m80cmもの杉の大樽が11個並んで実に壮観だ。今や国内だけでなく、さまざまな場面で親しまれている醤油は世界に誇る調味料といえるだろう。